第1子を体外受精で妊娠出産。第2子体外受精へ!

33歳の時に、重度の卵管水腫で体外受精でしか子を授かれないことが判明。34歳で3度目の採卵&2度目の移植で第1子妊娠出産。第2子も体外受精で妊娠出産するために、37歳目前で不妊治療を再開するにあたり、色々思い出すためにブログ始めます。

生理が止まっててもヒゲが生えても、望めばいつでも妊娠できると信じて疑わなかった5年前の私

20代からなんとなく、結婚するのは30歳、出産は32歳でいこう!と決めていた。

望めばいつでも妊娠・出産できると信じて疑わなかった5年前の私は、結婚してもまだ好きな仕事や趣味を続けたいなーと思って、毎日チャラチャラ楽しく過ごしていた。

1年後子づくりを解禁しさらに1年経ち、33歳になってもなかなか妊娠しない。そればかりか、妊娠もしてないのに生理が3ヶ月から半年止まることもあった。

 

その頃、NHKスペシャル『産みたいのに 産めない ~卵子老化の衝撃~』を観た既婚子無しの友人が、女子会でそれを話題にした。危機感を持った友人達は一斉に不妊検査をしだした。

仕事で徹夜が続いたり、ストレスがたまって生理が止まったり、挙げ句の果てに顎下から1本太い毛が生え出していたことに気づかず、夫に指摘された恥ずかしい私。。

 

さすがの私も、近所でサバサバしていると評判の女医がやっているクリニックへ不妊検査をしに行った。

血液検査の結果異常がなかったので、負荷検査を再度することになって、その結果、まず潜在性高プロラクチンということがわかった。カバサールというプロラクチン値を下げる薬を処方されて飲んだけれど、妊娠しなかった。

 

忙しすぎるストレスフルな職場が原因かもと思って、9時〜17時で働ける派遣の職場を見つけて、転職した。

 

少し置いてから、卵管造影検査をした。

その場で「両卵管がつまっているわよ。これは酷い。体外受精するしかないわね」と告げられた。卵管水腫による両卵管閉塞だった。

ショックを受けつつもなんとか平静を装い、費用を訊くと1回60万円くらいというのでびっくりしていたら、「生まれたらもっとうんとかかるのよ?それくらい出せなくて子供なんて産めないわよ!」と強い口調で叱られた。

頭をガーンて鈍器で殴られたような衝撃だけが記憶に残っている。

ここで初めて、私が立派な不妊なんだ、ということがわかった。

なんか、とても理不尽だった。

体外受精の知識なんてまるで持ち合わせていなかったけど、そこは婦人科一般なんでも診るクリニックだったし、体外受精するならここじゃダメだろうというのは直感でわかった。

 

家に帰って、ネットで調べまくった。

転職もしたし、治療できる環境は整っていた。

ショックに打ちひしがれて悲しんでいても、何も前に進まない。

迷っている時間は無駄。卵子はどんどん老化していく!

ここはひとつ、不妊治療に専念して、妊娠するためにやるべきことをサクサクやっていこう!と気持ちを切り替えた。

 

体外受精をしても、卵管水腫があると、水腫に溜まった悪い液が受精卵を子宮から押し流してしまうので着床せず、妊娠しづらいらしい。体外受精をする前に、卵管から水を抜くか、卵管自体を閉じてしまう(クリッピングする)腹腔鏡手術をする必要があることがわかった。

腹腔鏡手術をするなら、当時新宿アートクリニック医院長の長田先生か、丸の内の杉山産婦人科、ということがわかった。

その時たまたま、不妊治療をしているという元同僚から連絡があり、新宿アートに通っているというので話を聞くと、自然周期でやっていて看護婦さんたちもとても感じが良いというのと、成功報酬制度というのが気に入って、新宿アートに気持ちが傾いていった。

 

今思えば、あの女医さんが優しい人じゃなくて良かった。優しくて、ついそのままあのクリニックで体外受精していたら、いつまでも妊娠しないでお金だけ無くなっていただろう。